2012年01月30日

信濃川下流域の記憶

新潟県庁近くを走る県道1号線。
新潟ユニゾンプラザの脇ではJR越後線の県道1号線上の
鉄道橋架け替え工事が続いています。

この県道1号線、以前から気になっていたんです。

なぜって・・・
県道1号線と、その南側に大きな段差があるからです。

こんな感じで段差が ↓
shinano02.jpg

shinano03.jpg


道路をつくるために盛り土したにしては、なんだか妙だなぁと
ずっと思っていたのですが、わからないままでした。


それが、予想外のところから、あっさり答えがわかったんです。

その答えは、ずばり
信濃川の旧土手!

つまり、大河津分水が完成して信濃川下流域の川幅が狭まる以前の
信濃川の土手だったということです。


そういえば、県道1号線をJR新潟駅方面にたどっていくと
旧萬代橋の跡を示す親柱があるじゃないですか〜
しかも信濃川沿いに、ず〜っと続いているし。。。
うわ〜っ、盲点でしたあせあせ(飛び散る汗)
頻繁に通っていたはずなのに・・・

「信濃川の旧土手」という答えを教えてくださったのは、
なんと亀田郷土資料館の館長さん!
亀田のことをもっと知りたいと資料館を訪ね、お話を伺っていた中で
館長さんからポロリと。


うわ〜っ、うわ〜っ、館長ありがとうございます!!!


あっ、
もちろん亀田のお話もたっぷり聞かせていただきました。
posted by えちごのいちご at 12:00| 新潟 曇り| Comment(0) | ちょっとした新潟遺産 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月25日

昭和4年竣工の亀田郷土資料館

新潟市江南区亀田新明町にある、亀田郷土資料館。

kame01.jpg

現在の亀田郷土資料館は昭和40年代に建築された旧亀田町役場庁舎を改修し利用していますが
合併建設計画事業として亀田アスパークの敷地内に現在建設中の亀田文化会館(仮称)
内に再整備される予定です。
民具・農具を約2,000点、古文書は約6,000点を保有していますが、
それらはすべて地域の方から寄贈されたものなんだそうです。


外正面から資料館の入口のよう見える部分は、実は玄関ではなくて、
建物に向かって右側に入口があります。
するとこの玄関のような部分は・・・?
もともとは旧亀田町役場庁舎の玄関部分で、昭和4年竣工。
よく見ると、外観にはアールデコの香りが漂っています。

kame02.jpg

昭和4年といえば、新潟市中心部にある国の重要文化財「萬代橋」の竣工年でもあります。
大河津分水の完成によって信濃川下流域の川幅が狭くなり、萬代橋がコンクリート製の橋になった時代。
まだまだこってりとした西洋建築が主流だったと思われる中、こんなお洒落なコンクリート製の役場が亀田に建っていたとは驚きです。

亀田って芦沼と呼ばれるほどに、排水が悪く大変な土地だったのは事実ですが、それだけではなさそうだったということをこの建物は物語っているようです。
(それだけではない部分は資料館の展示でわかりますよ)

さらに、この建物の土台部分は正面からだと道路とフラットな関係ですが、
正面右から見ると段差があります。

kame03.jpg

さらにさらに、資料館右隣の建物は完全に松に包囲されています。
建物より松が先にあった場所に、ちょっとごめんなさいね〜と間を縫って建てた感があります。
そして現在は無くなってしまいましたが、資料館斜め前の微妙なスペースにも松が数本立っていました。

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むむっ、ここはもしや砂丘!?

この昭和4年竣工の建物を含む旧亀田町庁舎は、亀田文化会館(仮称)内に資料館を再整備後、
解体される予定です。


kame05.jpg
左隣の建物の脇には唐棕櫚が元気に整列


建物だけでなく、松も棕櫚もなくなっちゃうのかなぁ。。。
posted by えちごのいちご at 18:00| 新潟 曇り| Comment(0) | ちょっとした新潟遺産 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月21日

まだまだこれから

すっか停滞していました当ブログですが、今年もまだまだ続けますよ!
Twitter共々よろしくお願いいたします。
posted by えちごのいちご at 21:42| 新潟 雨| Comment(0) | 水と土の芸術祭 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月04日

渡り鳥に人気のスポット福島潟

一気に秋めいてきましたが、渡り鳥たちは冬支度をはじめています。
ロシア方面から2000キロ以上離れた新潟を目指して、到着した鳥たち、
現在旅の途中の鳥たち・・・

新潟市北区にある、新潟県最大の潟湖、福島潟(ふくしまがた)では、
その渡り鳥たちを歓迎するという意味を込めて毎年
9月23日に「雁迎灯(かんげいび)」として、1万本ものキャンドルを灯しています。

ホランティアの方々が、この日のために、準備・点火・片付けと汗を流しています。
今年の雁迎灯は、後半雨模様になってしまいましたが、
キャンドルでかたどられた大きなオオヒシクイの姿は圧巻でした。

この福島潟は、阿賀野川などの河川の流れがさえぎられ、
さらに砂丘列の内陸側に徐々に土砂が堆積しできあがったのだそうで、
近くの十二潟や内沼と共に、かつての阿賀野川の流れを記憶している場所です。

国の天然記念物オオヒシクイ(ガンの仲間)の日本一の飛来地、
葉の直径が2メートル以上になることもある、オオオニバスの北限の自生地
220種の鳥類と450種の植物が確認されている国際的にも注目されている自然の宝庫

その福島潟を魅力を凝縮したグッズをビュー福島潟で発見しましたぴかぴか(新しい)


fukushimagata.jpg
てぬぐい(840yen)
緑色の濃淡、注染で染められているなかなか凝ったお品。
描かれているモチーフが何だかわかるかなーるんるん



福島潟には10本以上の川から水が流れ込んできますが、
それが日本海に注ぎ出されるルートは、基本的に新井郷川の1本のみ。
(福島潟放水路は万が一のためのもの)
のっぺりとした大地を川が自然の力だけで流れるのは難しく、
新井郷川排水機場が排水に一役かっているんですね〜

現在「潟」として自然の宝庫になっているのは、昭和41年に始まった国営干拓事業で、
潟の約半分を干拓して農家に分配した残りの部分で、
水害時に、水量調整池としての役割も果たしているんだそうです。
posted by えちごのいちご at 16:00| 新潟 晴れ| Comment(0) | 池・沼・潟の記憶 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月15日

松浜と福島潟をつなぐ新井郷川

さて、松浜といえば、

「21世紀に残したい日本の自然100選」
「全国水の郷100選」
「新潟景勝100選」
「かおり風景100選」
などに選ばれてい自然の宝庫の福島潟
日本海を結ぶ川、新井郷川(にいごうがわ)があります。

10以上の川や排水路から水が集まってくる福島潟ですが、
その水を日本海に排水する川は2本あって、
基本的に新井郷川のみが担っています。

とはいえ、この辺の土地は福島潟を中心としたすり鉢状になっているので
福島潟の水位を保つために新井郷川排水機場のポンプで機械排水しています。


その新井郷川排水機場付近の新井郷川には...

あれっ!?

niigogawa.jpg

なんと蓮の葉がゆらゆらしていますぴかぴか(新しい)

川なのに、そんなところにいて大丈夫なの〜???

福島潟から種が流れてきて、
すっかり定着しちゃったのかも知れませんねるんるん

ということは、福島潟のオオバスが
いつか新井郷川でも見られるようになる可能性もある...かな?


ちなみにもう1本は、2003年に開通した福島潟放水路で、
福島潟の水位がどうにも高くなったときに、
その水を直接日本海に流すんだそうです。



福島潟は、野鳥の宝庫でもあり、
毎年秋になると、「雁迎灯(かんげいび)」を灯し、
ロシア・カムチャツカ半島から渡ってくるオオヒシクイを迎えます。


雁迎灯を含む福島潟自然文化祭
2011年9月23日(祝)開催!

fukusimagata2011.jpg

詳細↓
http://www.pavc.ne.jp/~hishikui/bunkasai/index2011.html
posted by えちごのいちご at 11:17| 新潟 晴れ| Comment(0) | ニイガタ☆☆☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月09日

郷土の四方山ばなし

東日本大震災復興支援 松浜地区 心意気 ARTフェスタ
9月18日(日)まで開催していますぴかぴか(新しい)

阿賀野川ふれあい公園では
9月11日(日)に「阿賀野RIVER龍神祭」も開催されますね。


新潟市北区といえば、地域(北地区)の風物詩、地域(北地区)に伝わる歴史・文化、
古老の思い出話など131話が、ぎゅっと詰まった
『北地区 松浜・南浜・濁川 郷土の四方山ばなし』
(郷土の四方山ばなし製作実行委員会 2011)
という書籍があります。

yomoyama.jpg

「郷土の四方山ばなし(ふるさとのよもやまばなし)」とは、
昭和60年から25年間1回の休刊もなく発行されてきた「松浜かわらばん」に
掲載されてきたものを、
新潟市北地区公民館歴史文化研究会の有志が編集されたんだそうです。

北地区の「いま」がとのようにして築かれてきたのか
ありのままの姿が地元の方々によって書かれており、
よそ者には、かつての地名や方言などはわかりにくいかも知れませんが、
むしろそれをきっかけに地域の方とお話ができる1冊ですぴかぴか(新しい)


131話の中で、特に気になった1話は、
---------------------
私は新崎で一番古い明治の末に作られた生活道路の途中にある橋です。
私は今何処に居るかと言いますと・・・・
---------------------
で始まる「吉井古川跡門樋橋のつぶやき」です。

吉井古川跡門樋橋は、どこにいるのか!?


『北地区 松浜・南浜・濁川 郷土の四方山ばなし』は
松浜本町のタカコマ書店でのみ販売

タカコマ書店
新潟市北区松浜本町2−11−2
Phone 025−259−2029

阿賀野RIVER龍神祭
http://www.city.niigata.jp/kouminkan/kita/nigorikawa_4-1.html
posted by えちごのいちご at 17:55| 新潟 曇り| Comment(0) | 参考文献 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月02日

2011/09/04-18 松浜地区 心意気ARTフェスタ情報

東日本大震災復興支援
松浜地区 心意気 ARTフェスタ


9月4日(日)より、いよいよ開幕です!

matsuhama_art.jpg


会場の新潟市北区松浜本町商店街界隈は、歩いてアート観賞できるエリアですぴかぴか(新しい)

お車でお越しの際は、阿賀野川沿いの駐車場利用が便利です。
週末は駐車場と商店街を結ぶシャトルバスも運行の予定です。


面積の4分の1が海抜0m以下の中、
この松浜地区には小高い場所があり、坂道が(新潟市にしては)
たくさんあるエリアです。
坂道には昔からの屋号や称名がつけられているんだとか。

オープニング・セレモニーと屋外作品のある
稲荷神社に向かう、坂道からの風景は特にオススメです。

『アート巡りマップ』を手に入れてアート探しをしてみよう!
『アート巡りマップ』は、松浜商店街にある総合案内センターの「松浜こらぼ家」や
「松浜福祉会館」、「本村二区自治会館」、「新潟市北区公民館」などに設置されるかと思います。


期間|2011年9月4日(日)−9月18日(日)
時間|9:00−17:00
場所|新潟市北区 松浜本町商店街 界隈


大きな地図で見る


詳細
http://www.mizu-tsuchi.jp/topics/2011/08/post-7.html
posted by えちごのいちご at 17:01| 新潟 曇り| Comment(0) | アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月30日

2011/9/4-18 松浜地区心意気ARTフェスタ

阿賀野川、加治川、新発田川、新井郷川、
そして新潟砂丘のある新潟市北区松浜地区。
ここで地域の方々と作家の心意気で、ARTフェスタが開催されます。


東日本大震災復興支援
松浜地区 心意気 ARTフェスタ


期間|2011年9月4日(日)−9月18日(日)
時間|9:00−17:00
場所|新潟市北区 松浜本町商店街 界隈

新潟県内を中心とした約50の作家による、
東日本大震災復興支援。
新潟市北区 松浜本町商店街界隈の野外・屋内のアート作品展示と
チャリティー作品販売を実施し、被災地への支援を展開します。

チャリティー作品販売の売上金すべてを義援金に、
参加者の完全無償ボランティアで運営を行います。


チラシより説明抜粋↓
-----------------------------
すべてを奪ったような東日本大震災。
しかし、唯一奪えなかったものが人々の強い絆でした。
それを生きる力とし、生きる希望として、
ここに参加するすべての人々が心を一つにする
『松浜地区 心意気 ARTフェスタ』です。
-----------------------------

★オープニング・セレモニー
松浜太鼓
即興舞踊(松崎友紀)
電子音楽(田口雅之)

開催|9月4日(日)
時間|10:00−11:00
場所|松浜地区山の上 稲荷神社 境内

★復興シンポジウム「大震災と創造活動」
シンポリスト
 メディアジャーナリスト 津田大介
 造形作家 吉田富久一
 造形作家 前田 忠
コーディネーター
 彫刻家 星野健司

開催|9月4日(日)
時間|14:00−15:30
場所|北地区公民館 ホール

詳細
http://www.mizu-tsuchi.jp/topics/2011/08/post-7.html


主催/新潟市北地区公民館&水と土の芸術祭実行委員会
企画/新潟市北地区公民館
協賛/松浜地区商店街、松浜自治振興会、松浜地区コミュニティ協議会
協力/心意気ARTフェスタ応援隊
後援/北新潟商工振興会、新潟北ライオンズクラブ、NPO北新潟経済人会議、
   北新潟商工振興会青年部、松浜婦人会、北新潟地域づくり学会、
   松浜地区青少年育成協議会

事務局/北松浜地区公民館(新潟市北区松浜1-7-1)


posted by えちごのいちご at 10:50| 新潟 晴れ| Comment(0) | アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月26日

永禄六年北国下リノ遣足

国立歴史民族博物館(千葉県佐倉市)所蔵の
『永禄六年北国下リノ遣足』
京都醍醐寺の僧と推定される一行による北国の旅の記録なんだそうです。


旅の期間は永禄6年の秋から約1年間で
(10月8日(太陽暦では11月3日)に富山を出発した記録がある)

僧と推定される一行のメンバー構成(基本形)は
位の高い僧---1
同行の僧-----2
随行者-------1 の4名。


ルートは、上越から入って一旦、群馬・福島を通り、
最北は乙宝寺(現胎内市)へ。
足跡は新潟県立歴史博物館(新潟県長岡市)
の常設展示場でも電光表示で確認することができます。


この『永禄六年北国下リノ遣足』をもとに、
現在の新潟市中心部がかつて海だった頃、しかも戦国動乱の真っただ中で
旅の一行はこのどんなルートで地域を行き来したのか、
舟をどう使ったのかなど、
旅の記録にない多くの部分が筆者によって詳細に調査され、
1冊にまとめられたのが
『中世 越後の旅 −永禄六年北国下リノ遣足−』(大家建 2003 野島出版)です。

echigonotabi.jpg


掲載の地図もかなり興味深し!
一見の価値ありぴかぴか(新しい)

足跡をたどる旅に出たくなりまするんるん
posted by えちごのいちご at 15:55| 新潟 曇り| Comment(0) | 参考文献 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月26日

柳都にいがたですが、松もよろしく!

新潟市は、
かつて堀と柳のまちだったんですよ〜
堀は埋め立てて、道や川を整備したけど
街路樹は結構柳を使っているんです
そんなわけで「柳都にいがた」という表現が現在使われているのだとしたら...

ちょっと待った!と言いたい今日この頃。

柳もいいけど、松ですよ、松ぴかぴか(新しい)

松(クロマツ)が、新潟市中心部で
現役で歴史を物語っているんです。
その様子が丁寧に調べまとめられているのが
『新潟の町 坂道めぐり 寺町あるき』です。

地図上にポイントになる松の木がイラストで記されていて、
その位置を結んでいくと・・・
長岡藩主の堀直寄や、初代新潟奉行 川村修就が
にいがたのまちを砂から守るために植栽した、お仕事の痕跡と思われる
樹齢200年級の松の並ぶラインが浮かび上がってくるんです

現在の海岸線沿いの松だけ見ていても歴史は見えづらいのです。

松なんかどこにでもあるし、
お庭にあると立派そうに見えるから植えてるだけでしょと
思ったら大間違い!!

松によって支えられたまち、
「松都にいがた」と呼びたいくらいですぴかぴか(新しい)

ん?でも、
柳も堀を支えていたから、「松&柳都にいがた」かな???


ちなみに、
先月この『新潟の町 坂道めぐり 寺まちあるき』を制作された
にいがたなじらねっとさん企画のまちあるきに
飛び入り参加させていただきました。

松を観賞しつつ、砂丘列を登ったり下ったり
何気なく通っている道にも発見がたくさんあり
上を向いて、真剣に長身の松をウォッチングすることの大切さに
あらためて気づくことができました。

お世話になりました〜るんるん
posted by えちごのいちご at 12:00| 新潟 曇り| Comment(0) | 木は物語る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月12日

7/18 都電荒川線100周年記念 × 町の記憶PROJECT

水と土の芸術祭2009での「Niigata水の記憶プロジェクト2009」と、
2010年に「木津小学校の記憶+にいがた水の記憶」で
江南区木津の旧木津小学校体育館を会場に活躍された
美術作家の酒百宏一 (さかおこういち)さんが、
現在東京の南千住で巨大プロジェクトに取り組んでいます。

「町の記憶PROJECT 南千住の記憶 1000×10」
http://www.sakao-lifeworks.com/minamisenju/index.html

そこに、
都電荒川線100周年記念がコラボ!
撮り鉄、乗り鉄、だけじゃない、鉄道×アート!!
鉄道ファンの新しいカタチの企画です晴れ

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都電荒川線100年の記憶電車を走らせよう!!!
都電荒川線100周年記念 × 町の記憶PROJECT
都電荒川線1000枚の記憶
都電の記憶写します!

主催 特定非営利活動法人千住すみだ川
共催 都電荒川線100周年実行委員会
協賛 日本大昭和板紙、ホルベイン工業、フェリシモ、ヤマト株式会社
後援 荒川区 荒川区教育委員会

路面電車が開始された明治44年(1911年)から100年たった現在、当時マチ場として開け、
発展してきた南千住も大きく変わりましたが、三ノ輪橋停車場を始発として、庶民のくらし
に寄り添いながら現在もなお運行を続けています。100年前と変わらないその人々のくらし
とぬくもりが詰まった車輛を市民の手で触れ、なでるようにその記憶を紙に写し取ります。

今回参加者で擦り出した作品を印刷し、都電の車両9001号または9002号の中に展示、
100周年記念の記憶の列車として一ヶ月ほど走ります。

制作場所は
荒川車庫の思い出広場にある車両、
あらかわ遊園にある車両、
通常非公開の荒川車庫裏にある、レール、枕木、踏切、
特殊車両ウニモグなどでも
フロッタージュしていただくことができます。

お一人、4枚以上のフロッタージュを制作します。

フロッタージュは難しいことなく子供から大人まで、だれでも作品が作れますが、こだわり
のめり込めばより奥行きのある作品も作ることが可能です。
都電100年の記憶で行なうフロッタージュとは?
凸凹を写すことは、対象物に直接触れ、手に伝わる振動からそのものを感じます。手応えは
身体に残り、対象物は実物大で紙に残せます。写真とは趣の違うダイレクトでリアリティの
ある写し方です。
ゆっくり都電荒川線100年の歴史に向き合ってみませんか?
車両内で展示されますので、乗車したお客様を楽しませ、唸らせるような傑作、力作を皆で
擦り出しましょう!


また、今回擦り出した作品は、メインプロジェクトである、
「町の記憶PROJECT 南千住の記憶 1000×10」美術作家・酒百宏一と地域住民による1万枚
の記憶に加えられ、1万枚の展覧会でも展示されます。


7月18日(月祝)
@ 10:00 - 12:00 
A 13:30 - 16:00 
(開始15分前より受付)

各回 定員45名


会場
荒川車庫『おもいで広場』(荒川区西尾久8-33)荒川車庫内別会場
あらかわ遊園『いこいの広場』(荒川区西尾久6-35)

参加費 : 無料

*雨天の場合は、秋に延期となります。

応募方法
メールに必要事項を明記の上、下記申込み先までお送りください。
1参加される時間帯(@Aのどれか。複数可)
2参加人数
3お名前(ふりがな)
4年齢
5住所
6連絡先電話番号

*複数名での参加を希望される場合は、全員の お名前、 年齢をお書きください。
代表者の方のみ、1〜6すべてをご記入ください。参加の可否は後日お知らせいたします。
*小学生以下は保護者同伴での参加となります。

申込み先
〒116-0003 東京都荒川区南千住7-11-3NPO法人 千住すみだ川 事務局
e-mail:ebiex10@gmail.com

*ワークショップ当日の参加は定員に空きがある場合のみ受け付けます。
*応募者多数の場合は抽選とさせていただきます。
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この企画に参加することで、鉄分補給できること間違いなしるんるん
posted by えちごのいちご at 15:55| 新潟 晴れ| Comment(0) | アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月29日

燕市の配水塔

新潟日報の県央コーナーに
何度か登場している燕市の配水塔です。

tsubame01.jpg

戦前期の新潟県における配水塔の建設は7基で、
現存しているのが
長岡、旧白根市、旧亀田町、燕市の4基。

竣功年は、

長岡--------昭和2年
旧白根市----昭和6年
旧亀田町----昭和8年
燕市--------昭和13年
(「配水塔」2006 長岡造形大学より)

と、燕市のものがこの中ではいちばん新しいわけですが、
剥がれたコンクリート表面の落下防止のネットがかけられたり、
周りをフェンスで囲んだりしていますが
一見して老朽感が漂っています。

tsubame02.jpg

蔦が配水塔表面を覆って、ほぼ一体化。
円錐と多角形の組み合わせのようですが
もともとのスタイルが捉えにくいので、
絵にすると違うモノが描きあがりそう・・・
デッサン力が試される物件です。


tsubame03.jpg

この配水塔を見守る青年が脇に立っていました。



2011.06.28付新潟日報によると補修して保存を目指すとのことなので、
どこまで補修できるのかなど、
今後の動きに注目したいと思います。


新潟県内の戦前期に竣功された配水塔めぐりは
これでコンプリートぴかぴか(新しい)



配水塔と蔦は相性がいいのか、この組み合わせは他でも見られますね。
posted by えちごのいちご at 12:00| 新潟 曇り| Comment(0) | 配水塔 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月13日

さきがけの道 "新潟バイパス"

新潟バイパスが開通してから丸40年。
最初の開通は紫竹山IC - 海老ヶ瀬ICが開通でした。

その歴史を一冊の書籍にまとめたのが

さきがけの道 "新潟バイパス" ≪記憶が語る記録誌≫
(平成23年3月 新潟バイパスを語る会発行)です。

niigata_bypass.jpg



昭和31年に名神高速の借款のために来訪した
世界銀行のワトキンス調査団は日本の道路のひどさに驚き
「日本に道路がない」とまで言い放ったとのことで、
道路の問題は新潟だけではないようですが、

新潟地震を経験し、「芦沼」とよばれた土地に
道をつくることは難題であり
現在の姿になるまでに、さまざまな紆余曲折があったとか。

いまでは、あって当たり前の存在になっていますが、この一冊で
たまには新潟バイパスの歴史を想いつつ利用しようと思うようになりました。
新潟市民はバイパスというと高速道路並みの新潟の道路を連想しますが、
全国的にみると、まさにさきがけの道ぴかぴか(新しい)


また、見落としていた道路緑化についての記載もありました。


新潟バイパスにメインで植栽されているは「ミヤギノハギ」。

植栽の特徴から
新潟バイパスを別名「ハギライン」
新新バイパスを別名「ハマナスライン」
亀田バイパスを別名「ユキヤナギライン」
と呼ばれている

とのことです。


呼ばれている???
知りませんでした・・・

以後、そのように呼んでみたいと思います。

ちなみにミヤギノハギは
その名のとおり宮城県の県花で図案化され県章にもなっている木なんだそうです。



植栽を気にしすぎて、事故にならないようしなきゃあせあせ(飛び散る汗)
posted by えちごのいちご at 12:45| 新潟 | Comment(0) | 参考文献 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月01日

大河津可動堰改築工事現場

大河津可動堰改築工事現場の一般開放に行ってきました。

大河津可動堰改築工事現場とは?
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大河津分水路において、80年近くにわたり越後平野の安全・安心を
守り続けてきた大河津可動堰も、近年、老朽化が進んだことから、
改築工事を行っているところです。
現在は平成23年度の堰本体完成に向け、工事を行っています。
普段ご覧いただくことが少なく、平成23年11月の通水後には
川底となる可動堰改修現場を、ご自分の足で探索してみませんか。

国土交通省 信濃川河川事務所 記者発表資料より
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大河津分水は
「この分水なくして、現在の新潟市なし」と言ってもいいほどに
お世話になっているところです。
その新可動堰が間近で見られる一生に一度の機会ですから
新潟の水&土を見てきた者として、これは見るしかないでしょう!

現場に行ってみると、車・車・車・・・ 人・人・人・・・
(公式発表では3,000人以上)
小雨が降りしきる中、国土交通省 信濃川河川事務所の方の
熱のこもった説明に行き交う人たちもつぎつぎと足をとめます。
説明を聞く人たちからも積極的に質問が飛び交い、
それに対して淀みない回答がぴかぴか(新しい)

ここは川底の白熱教室か!!!


さて肝心の新可動堰はこちら
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bunsui01.jpg


幅約40mのラジアルゲートが6門連なった日本最大級のスケール。
佐渡弥彦国定公園内であることも含めた景観や、
安全面、コスト面などあらゆる方面から検討し、このかたちが採用されたのだそうです。


新可動堰の上からは、完成済みの魚道を見ることができました。
bunsui02.jpg

写真左から(説明パネルより)

底部阻流角材式水の流れが速く・流量の多いタイプで、主としてサケなどの大型魚を対象としています。

暖傾斜隔壁式水の流れ・流量とも中間的なタイプで、主として鮎などの中型魚を対象としています。

暖傾斜隔壁式(ハーフコーン型)水の流れが緩く、流量の少ないタイプで、主としてうなぎやカニなど底生魚を対象としています。


一体何が違うかというと、水深と水の流れるスピードが違うんだそうで、
小魚用は、魚が長い魚道を休みながら、しかも野鳥に狙われないようにするために
隠れ場所として、水しぶきがあがる窪みができる造りになっているんだそうです。

魚はみずから水深を感じて、最適な魚道を選ぶんだとか。
魚かしこいっ!!

なるほど〜
これで新潟市にある信濃川水門のアユ用、マス用のゲートの意味もわかりましたるんるん


そしてこちらは11月に川底となる部分
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新可動堰ばかりに興味行きがちですが、
現在の可動堰も重要なチェックポイント。
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新可動堰が本格始動すると、役目を終えますが
昭和6年から、今日のイマも信濃川下流域を守っています。



くわしくは大河津資料館公式サイトをどうぞ
http://www.hrr.mlit.go.jp/shinano/ohkouzu/tayori/tayori-mokuji2-1.htm
posted by えちごのいちご at 18:52| 新潟 曇り| Comment(0) | ニイガタ☆☆☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月19日

“新潟美人”展 開催中

新潟市歴史博物館みなとぴあ で開催中の
『“新潟美人”展 』。

「新潟美人」という言葉の所以となったと考えられる
新潟の芸妓の美しさに関する企画展です。


新潟美人という言葉が全国的に知れているかわかりませんが、
新潟の女性は平均的にかわいい(飛びぬけてはいないという意味で)という
感想を耳にしたことが何度かあります。

実際はどうなんでしょうね〜

なんて思っていたら、
「新潟美人」の評判の由来を取材するとともに医学や気象、歴史、民俗学の専門家の声を
集めその根拠を探った雑誌が、昭和42年にすでに出版されており、
この企画展に展示されていました。
ぜひとも中身を熟読したいものです。


この企画展、展示室の出口付近にある
『「新潟美人」をめぐる言葉』は見逃してはなりません!!
女性視点の言葉は少ないですが、
笑いをこらえるのがちょっと大変かもです。
(学芸員さんしてやったり企画か!)


そういえば、今年の2月に胎内市で新潟芸妓のお座敷遊びをはじめて見学しました。

「♪樽を叩いておまわりさん おまわりさん・・・」と
芸妓さんとお客さんが軽快に樽を叩きながらターンして、じゃんけん。
負けた方がお酒を飲むという、いかにも酔いが回りそうな遊び。

新潟人の酒の強さゆえのハードなお遊びなんでしょうかあせあせ(飛び散る汗)

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新潟市歴史博物館
2011年度 企画展 “新潟美人”展
6月19日(日)まで

http://www.nchm.jp/index.html
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posted by えちごのいちご at 18:00| 新潟 | Comment(0) | ニイガタ☆☆☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする